2010年7月 6日

シンポジウムサマリ案

たいへん遅ればせながら、2010春の応用物理学会、「X線による埋もれた固液界面の精密科学の可能性」シンポジウムのサマリ案を作成いたしました。

いつもはシンポジウム終了の翌日にたたき台を作製し、1~2週間以内程度に確定するようにしているのですが、今回、他の用事にかまけてかなり長い間、放置してしまい、大変申し訳ありませんでした。だいぶ時間がたってしまい、記憶の間違っているところもあろうかと思います。

既に講演者、座長の皆様には、ご意見をうかがっておりますが、会場にてシンポジウムを聴講された皆様にも、コメントなど頂ければ、幸甚です。

このサマリは、最終的に応用物理学会のホームページに掲載されます。

X線による埋もれた固液界面の精密科学の可能性

固液界面では、固体側、液体側ともにバルクとは異なる特異な性質を持つことが知られており、そこで生じる反応や機能発現には基礎、応用両面から関心が持たれている。数ある分析法のなかでも、埋もれた界面の原子配列や分子レベルの構造を非破壊・非接触的に解明するには、X線の利用が有力である。とはいえ固液界面に適用しようとする場合、界面に到達するまでの液体または固体中の光路で
の吸収による強度減衰が深刻になる。また、全反射現象の利用により表面・界面への敏感さを得ていることから、平坦かつ平滑な試料のみが対象であり、これまでにそれほど多くの研究が行われてきたわけではない。最近、高輝度シンクロトロン放射光等の最先端のX線技術により精密な構造研究を試みようとする機運が高まってきており、固液界面の計測をめざす専用装置も各国で開発されるようになった。およそ数10年前、超高真空の技術と原子レベル計測技術が、表面研究の質を大きく変え、エレクトロニクス等の応用分野にも多大な影響を与えたが、それにも匹敵する革新が固液界面の分野にももたらされるのではないかと期待されている。本シンポジウムでは、X線による固液界面の構造研究に取り組む第一線の研究者のみならず、理論研究者も加わり、X線による固液界面の精密科学の可能性を討論した。

中村将志(千葉大院工)は、SPring-8 のシンクロトロン放射光を用いたX 線回折法により金属電極上の水和イオンの構造を解明した事例を紹介した。燃料電池への応用の観点からも関心が高いAu(111)電極上のビスマスは、走査型トンネル顕微鏡(STM)による研究では、電気化学測定から求められる被覆率と一致しない等の矛盾があることが知られている。本研究では、ビスマスはハニカム構造を形成し、その中心に水和された過塩素酸イオンが位置することを初めて示すことに成功した。また、Ag(100)電極上のセシウムイオンが、水分子1 層程度の水和殻で覆われていることを明らかにしたこともあわせて報告した。

高橋正光(原子力機構)は、固液界面におけるエピタキシャル成長の代表例として電析をとりあげ、Au(111) および (001)単結晶電極上のパラジウムおよびカドミウムテルルの成長についてX線回折法により見出した知見を報告した。パラジウムは、積層数が増加した時、基板の面方位に依存して、(001)上では10層程度まで金の格子定数に制約されたひずみ膜になるのに対し、(111) 上では2層以上で緩和しパラジウム本来の格子定数になる。またテルルがAu(111) 上で合金化するのに対し、カドミウムは合金化しないことを見出した。これは、高品位な電気化学的結晶成長法である ECALE (electrochemical atomic layer epitaxy) 法によるカドミウムテルルの成長の最適化に寄与するものである。

坂田修身(JASRI/SPring-8)は、SPring-8 BL13XU の最近のアクティビティを紹介した。高輝度放射光による解析技術の最近の高度化を端的に示す例として、X線CTR散乱、表面X線回折法、逆格子イメージング法、X線定在波法その他のX線回折技術を駆使した研究成果を説明した。X線定在波法は、完全に近い単結晶にのみ観測される動力学的回折効果を利用する測定技術である。微小ビームの技術を応用すると、これまでの常識では完全性の点で不十分な単結晶であっても、完全性が相対的に高い部位を選択することにより、X線定在波法による検討が可能であることを最近見出したことを報告した。

塚田捷(東北大WPI-AIMR)は、理論研究者の立場から見た埋もれた固液界面の科学の現状と意義について説明した。有機分子と電極の界面(分子デバイス)における伝導の機構、および固液界面の構造と物性について検討した事例を示すとともに、液中での原子間力顕微鏡(AFM)の理論シミュレーションが固液界面の検討に有用であることを指摘した。

赤木和人(東北大WPI-AIMR)は、界面における水の構造化の理論的問題を説明した。固液界面や溶質の近傍における水は、水だけの場合とは異なる形にネットワークが組み替えられる。密度汎関数法(DFT) に基づく第一原理分子動力学計算により、Si(001)表面の疎水部(Si-H) と親水部(Si-OH) が最界面で縦方向の水素結合網を誘起し、Al2O3(0001)表面では強い水和構造が生じることなどが理論的に明らかになった。他方、STM やAFM のような走査プローブ顕微鏡による固液界面の観察では、表面と探針の距離が非常に接近していることによる水の構造化の影響が懸念される。今後、このような点も考慮に入れた理論的研究が求められるが、X線技術のように、観察手段による水の構造化をももたらさない実験手法によるデータがもっと提供されるとよいと述べた。

森川良忠(阪大院工)は、第一原理シミュレーションの物質科学における意義を述べるとともに、電極反応等の電気化学的な諸問題への適用には、電極の適切なモデリングが重要であることを説明した。生じている現象は複雑であり、必ずしも理論的扱いは容易ではなく、そのためにこれまでにあまり多くの研究が行われてきていない。X線定在波による電極表面における原子位置のデータや、電子分光法やX線分光法による電子状態の情報はモデリングに有用である。それらに加え、電極表面近傍の電場の効果を効率的かつ正確に計算する方法を導入することにより、Pt(111) 電極界面の構造や水素発生反応についてシミュレーションを行うことにも成功した。

飯村兼一(宇都宮大院工)は、微小角入射X 線回折法とX 線反射率法による単分子膜の分子配列・配向の精密評価について報告した。単分子膜は測定が決して容易ではない研究対象であるが、シンクロトロン放射光を利用した微小角入射X 線回折法とX 線反射率法により、詳細な解析が可能であることを示した。今後の研究の方向として、試料が環境に応じ変化するものであることを考慮し、時々刻々の変化を追跡するリアルタイムの測定が重要であることや、面内に不均一な構造を持つものを詳細に調べるためには高い空間分解能を持たせることが不可欠であると述べた。

矢野陽子(立命館大総研)は、タンパク質のアンフォールディング過程のメカニズムをX線反射率法により解明する構想について説明した。タンパク質は、分子内外の様々な相互作用(ファン・デル・ワールス相互作用、疎水性相互作用、水素結合、イオン結合、鎖エントロピー、S-S 結合)のバランスにより最安定構造をとるが、例えば水との接触等の環境変化により容易に変性し、アンフォールディングされる。SPring-8 BL37XU の液体表面研究用のX線反射率計を駆使して行っている研究の現状と今後の計画を述べた。

平山朋子(同志社大理工)は、機械工学における固液界面のテーマとして潤滑の問題をとりあげ、X線および中性子反射率法により検討した研究状況を説明した。シリコン基板上に銅を蒸着した試料を用い、機械潤滑油であるポリアルファオレフィンに浸漬させた状態で中性子反射率測定を行った。潤滑への効果が大きいと考えられるカルボン酸系添加剤を重水素置換し、同様の測定を行って比較検討し
た結果、反射率データに変化が認められた。このことから、潤滑と界面構造の関連性を議論できるのではないかと考えている。

全講演の終了後、総合討論が行われた。X線技術も理論研究も、近年、著しく高度化を遂げているが、それでもなお埋もれた固液界面の研究課題は概して困難度が高い。X線による固液界面の解析には、通常の場合よりも高エネルギー(短波長)のX線を用いることが必要であり、それに伴う固有の技術課題を解決した上で、微小ビーム利用、時分割計測のような高付加価値の実験技術を確立する必要
がある。高輝度シンクロトロン放射光の利用が最も有望であるが、実験室系においても、こうした計測を一部でも行おうとする技術開発が求められる。現在進行形で進む高度化の取り組みにおいては、ある1点でのみ突出して優れていても、実用的には十分ではなく、すぐに結果が見えるということにならない場合も少なからずある。こうした水準にある技術をいかに育て、次につなげるかというところが非常に重要と思われる。これは理論研究においても同様のことが言え、目先の結果がすぐに得られるか否かといった指標に対して迎合せず、媚びずに、その先を目指すような取り組みが求められる。本シンポジウムは、応用物理学会「埋もれた界面のX線中性子解析研究会」により企画された。2001年12月以来連続的に開催されている同種の研究会としては14回目(応用物理学会のシンポジウムとしては6回目)にあたる。今後も異分野で活動する研究者との交流を重視した研究会を企画する予定である。ご関心のある読者には、ぜひ本研究会に入会され、メーリングリストで情報を共有されることをお薦めする。詳しくは、ホームページ(http://xray-neutron-buried-interface.jp/)をご参照下さい。

(物質・材料研究機構 桜井健次)