シンポジウムのサマリ
応用物理学会のシンポジウム「X線・中性子による埋もれた界面研究の最前線」のサマリ(案)です。
後日、学会のWebページに掲載されます。
ナノサイエンス・ナノテクノロジーの研究開発においては、何がしかの物質によって覆われた「埋もれた界面」を扱わなくてはならない。そこでは、非破壊的な研究手法であるX線・中性子反射率法および回折・散乱・分光技術が有用であるが、現代の未解決問題に対応するためには、大幅な技術水準の引き上げを伴う高度化を達成することが必須の課題となっている。最近、 (1) 迅速・ライブ計測、(2) 微小領域分析・ビジュアリゼーション(可視化)、(3) 新たな情報の質の獲得の大きく3つの方向での高度化が進められている。特に、X線技術に関しては、高輝度シンクロトロン放射光源等の先端研究施設を用いた高度化が目覚ましく、ナノサイエンス・テクノロジーの種々の課題への取り組みも本格化しつつある。他方、わが国では、大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設が2008年にパルス中性子の発生に成功しており、今後の新しい展開が期待されている。また、こうした実験技術の進歩を実際の埋もれた界面研究に生かすために、理論的な研究との交流がこれまでになく重要になってきている。本シンポジウムでは、埋もれた界面の解析の各方面の専門家より最前線の状況の報告を受け、今後の発展方向や課題についての討論を行った。
新井正敏(J-PARC センター)は、昨年の中性子発生成功に続き、着々とたちあげが進むJ-PARC の最新状況を報告するとともに、現在計画中のさまざまな研究課題の内容とその将来展望を説明した。大強度の陽子ビームをターゲットに衝突させ、原子核を破砕することにより発生するパルス中性子は、飛行時間型の測定により、さまざまな波長成分を含む白色中性子の散乱を一度に測定できるため、原理的に迅速で効率的な測定が可能であり、また試料を動かさずに測定できる利点がある。J-PARC では、フランス・グルノーブルにある現在世界最高強度の原子炉中性子源の約100倍の強度が得られるようになる見通しであり、埋もれた界面の研究でも大きな飛躍が期待される。
田渕雅夫(名大、竹田美和代理)は、半導体・電子材料分野における埋もれた界面の研究の現状と意義を説明するとともに、X線CTR散乱法によるGaAs/InAs/GaAs, GaAs/GaInP/GaAs, InP/GaInAs/InP の3つのケースの評価例を紹介した。さらに、SPring-8 のμビームを用いた微小領域の評価の有用性を指摘した。金谷利治(京大化研)は、ソフトマテリアル分野における埋もれた界面の研究の現状と意義を説明し、中性子反射率法、光散乱法、原子間力顕微鏡、光学顕微鏡の技術を駆使することで、複数の異なる高分子を混合させた薄膜系における相分離とディウェッティング(dewetting)の競合の複雑な過程も明らかになることを報告した。塚田捷(東北大WPI-AIMR)は、理論研究者の立場から見た埋もれた界面の科学の現状と意義について説明し、有機分子と電極の界面(分子デバイス)における伝導の機構、ナノ構造体周辺の水分子の局所分布構造、固液界面の原子レベル構造と反応素過程等についての理論研究の事例を紹介した。坂田修身(JASRI/SPring-8)は、高輝度放射光による解析技術の最近の高度化を端的に示す例として、X線CTR散乱、表面X線回折法、逆格子イメージング法、その他のX線回折技術を駆使した7つの研究成果を説明した。なかでも BiFeO3薄膜にパルス電場をかけ、それに同期したパルスX線の回折データより、格子歪と分極の関係を時分割で精密に計測することに成功したことは画期的であり、これまで求められていなかった電歪定数もこの技術により初めて決定された。
白石賢二(筑波大)は「理論研究者の目から見ても、いま埋もれた界面の研究が熱い!」と強調し、いわゆるhigh-k 材料の代表格である HfO2(Si基板上の絶縁膜)と金属(配線材料)の界面におけるショットキーバリアの問題を例にとり、最近の研究例を紹介した。森田明弘(東北大)は、最近、埋もれた界面の研究で成果を挙げつつある和周波分光技術の利点(界面分子種の同定、分子配向の決定、界面選択性、高い時間分解能)を解説し、分子動力学シミュレーションのソフトウエア開発に世界に先駆け取り組み、それに成功したことで、有機分子/金属界面における電子準位接続の問題等においてブレークスルーがもたらされたことを報告した。中山隆史(千葉大)は、X線・中性子による解析を補いうる他の技術の例として、反射率差分光(RDS)の原理・方法を紹介するとともに、主に半導体分野での応用例を紹介した。矢代航(東大)は、シリコン窒化膜/シリコン界面下の微小な歪みを高感度に計測する新しい技術について説明した。この方法は、結晶のブラッグ反射によりCTR散乱強度が変調を受けることに着目し、その散乱振幅の位相情報を実験的に求めるものである。
奥田浩司(京大)は、GISAXSを埋もれたナノドットの解析(サイズ、形状の決定)に適用する際のデータ解析上の問題を取り上げ、透過法の小角散乱法等で確立されている単純な解析法をできるだけそのまま採用したいとする問題意識から、DWBA(Distorted Wave Born Approximation)の取り扱いを行わなくてはいけない条件を詳細に検討した。その結果、従来考えられていたよりもDWBAの寄与は小さく、多くの実サンプルの解析では、ボルン近似の取り扱いでも差支えないことが示された。朝岡秀人(原子力機構)は、新しい物質系を設計、開発する立場から中性子反射率法の有用性を指摘した。格子整合しない物質系におけるヘテロエピタキシーの新しい方法として、水素単原子バッファー層の導入が有望であるが、その界面構造を見ることのできる技術はきわめて限られていた。中性子はX線ではほとんど感度のない水素に敏感であり、さらに重水素置換することでその差異を議論することができる。
本シンポジウムは、応用物理学会「埋もれた界面のX線中性子解析研究会」により企画された。2001年12月以来連続的に開催されている同種の研究会としては12回目(応用物理学会のシンポジウムとしては5回目)にあたるものであるが、理論研究者との対話を目的意識的にとりあげたのは、これが初めてである。今後も異分野で活動する研究者との交流を重視した研究会を企画する予定である。ご関心のある読者には、ぜひ本研究会に入会され、メーリングリストで情報を共有されることをお薦めする。詳しくは、ホームページ(http://xray-neutron-buried-interface.jp/)をご参照下さい。
(物質・材料研究機構 桜井健次)